特集ワイド:今、中国を語る/下 「五輪」開幕まで半年
◇「改革開放」から転換期
中国の食事情とともに関心が高まっているのが、開幕まで半年に迫った北京五輪。世紀の祭典に向けて大国、中国はどう変わっているのだろうか。【司会・金子秀敏専門編集委員、まとめ・田中義宏、中川紗矢子】
◇フェア精神徐々に浸透/反日感情強くはない/「対決」の視点もう不要
金子 五輪とともに今年は改革開放30年でもあります。
莫 私から見れば中国では五輪よりも改革開放30年の方が重要というほど意味があります。日本のメディアも中国の指導者も五輪を成長の頂点ととらえていますが、これまで中国は開発のためにすべてを犠牲にし、格差、環境問題などの社会矛盾が拡大しました。ここに来てターニングポイントを迎えたわけです。
これからはたぶん、政府はより国民の顔色をうかがいながらことを運び、延ばし延ばしにしてきた政治改革も日程に乗せるでしょう。「権利を守る」という意味の「維権」という言葉が今日の中国国民の心情を代表しているでしょう。
金子 市民の期待感は。
富坂 逆に改革開放で国民が疲れていて、80年代を懐古しています。ものは無かったけど幸せだったと。収入も増えたけど労働時間も延びた。それを我慢して成り立っているのが今の消費社会です。だから苦しい生活をしてる人は五輪に思い入れが強く、非常に期待しているようですね。
亜洲奈 (メーンスタジアムの)「鳥の巣」の現代建築は一つの中国人、北京人のアイデンティティーだと思います。現代の象徴で未来を表している。それを自分たちのアイデンティティーとして親しんでいる。彼らは「中国は中華皇帝だけじゃない、現在の発展した自分たちに気付いてほしい」と思っています。
金子 心配なのが反日感情。スポーツとナショナリズムが結びつくことは?
亜洲奈 最近、10都市を旅行して感じたのは、うわさに聞くほど反日感情は悪くない。それどころか行く先々で助けられました。時々インターネット上で反日運動とか嫌日運動とかが起きますが、それはネットの闇のようなもの。実際はそう悪いことにはならないと信じています。
富坂 以前に比べると、反日は流行ではなくなっています。ただ何が原因でスイッチが入るかは分からない。日本側が挑発することや、中国側で盛り上がることもある。でも政府は絶対抑えるという姿勢を示しています。
莫 スイッチが入る恐れや土壌はまだ残っている。もっと時間をかけて信頼関係を築いていかなければならないでしょう。以前、日本の女性選手たちが中国の観衆に「応援者の皆さん、ありがとう」と言いました。そういうのが本当は効果的なんです。
富坂 上海でも最近、「南京大虐殺の歴史を見直す」という論文も出ました。反日の感情も底流にはあるけれど、一方で、そうでない人たちがものを言いやすい環境が生まれているとも思います。
莫 文化大革命時代、中国を批判する本は「反中」のレッテルが張られましたが、今は中国を批判的に書いている本でも「反中」とは言っていない。五輪のフェア精神が少しずつ浸透し始めているようです。
亜洲奈 中国は20世紀前半に列強から数々の侵略を受けた歴史があるけれども、オリンピックを境に世界の一員として胸を張ってほしいですね。韓国では02年の日韓共催ワールドカップの後、歴史問題で日韓関係を悪化させることが極端に少なくなった。逆に日本は、中国コンプレックスの克服が必要でしょう。中国を攻撃する人ほど、実は中国への劣等感を秘めているのではないかと思います。
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金子 夏には北京に行こうという人も増えてくるでしょうが、もはや「中国は安い」という時代ではないですね。
富坂 ホテルはもちろん、民家を提供した民宿でさえ1000元(約1万5000円)と、異常に高い。
莫 それは逆に1000元払っても中国の今の人々の家に泊まれるチャンスだと思います。最新の住宅事情やすでに日本製ではなくなったテレビやパソコンとか、メディアが取り上げない今日が見られる。人民日報などによるものでなくて、自分の目で中国の現状が確認できます。
亜洲奈 高級バーではカクテルが1杯2550円もしました。隣の県まで行ける長距離バスが70円ぐらいでこんなに格差があるのかと。最低限の衣食住は保障する一方で、天井知らずの成り金たちの消費対象もあるというダブルスタンダードができています。
ぜひ自分の足で街中を訪れてほしいですね。小さな茶芸館や古き良き路地裏の風景とか、思いがけないものに触れることができます。
金子 五輪後、中国の経済はどうなっていくでしょう。
莫 環境問題など、いろんな問題が出ていますが、64年の東京五輪の時がちょうど今の中国と重なる。しかし、現在の中国は経済的に今の日本と肩を並べている。こうした不均衡な面もあります。
亜洲奈 一般的に五輪後は経済成長が鈍化すると言われますが、中国がそうなったとしても、それは高度成長から安定成長への曲がり角で、決して国力が衰えたわけではないでしょう。
富坂 気になるのは物価。これまで操作して無理やり抑えてきましたが、上昇圧力で食材など身近なものが上がっています。物価が上がって、下層の人たちの不安定要因になる可能性はあります。
莫 どこかで調整期が来るでしょう。外交問題もあるし、石油の問題とか、米国発の金融危機もある。しかし、中国は大きな格差があるからこそ発展もできると思います。
金子 今後の日中関係は。
莫 これまでアジアは日本という一つの強大国が引っ張ってきましたが、ずっと遅れているという危機感を抱いた中国がいろいろ努力して国力も発展し、今では日中という「2強時代」に入りました。
亜洲奈 五輪を迎えるにあたり、日本人が国際観を一新させるべき時が迫りつつあるのでは。「アジア2大強国の時代」を脅威と見るか、チャンスととらえるかはその人がどれだけ世界に開いているかで違います。中国脅威論は成功者へのやっかみのようなもの。日本が東アジアの一員と意識するなら、パートナーの出現を歓迎すべきでしょう。
富坂 日本と中国が対決してどちらが勝つかという視点はもう必要ないと思います。現実にどっぷりつかっていて切り離せない。むしろ中国共産党にとって外国の企業の方が同じ目標を持てるかもしれない。今回のギョーザ中毒事件がいい例ですが、いまや日中間で問題が起きるたびに、どうやって付き合っていくのかを双方が一緒に考えていく時代に入ったと思います。
http://mainichi.jp/select/wadai/archive/news/2008/02/07/20080207dde012040061000c.html
中国の実体を知っていたら、コンプレックスの持ちようが無い。