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現実主義の落とし穴 週のはじめに考える 日本社会では、大勢に流される傾向が顕著になり、民主主義が劣化しています。“仕方なしデモクラシー”から脱却するには現実主義を疑うことが大事です。 教育基本法が改定され、防衛庁は省に昇格しました。安倍晋三首相は新憲法の早期制定を目指し、国民投票法案を今度の国会で成立させようとしています。「戦後からの脱却」の流れに一段と拍車がかかります。 どれも日本という国と日本人の将来を決定的に左右する事柄です。国民的議論がわき起こって当然なのにさして盛り上がりません。抵抗しても無駄という雰囲気が広がり、「駄目なものは駄目」と言い続ける意識が弱まっています。 心の在り方に踏み込む 他方で、かつてのタブー「愛国心要求」に代わって「愛国心強制に反対」することがタブーになり、公権力が人の心の在り方に踏み込むことが当たり前のようにいわれます。インターネットには、戦後、多くの日本人が築き上げ大切にしてきたものを、責任を取らずにすむ匿名でののしる世界があります。 敗戦を機にゼロから歩みだし、半世紀余で大いに進展したはずだった日本の民主主義は、戦争の傷跡が社会から消え、人々の記憶が薄れるにつれて劣化しています。 「責任ある言論戦を経て自分たちで判断し決める」という原点を忘れて、敗戦直後に米誌「ニューズウィーク」が名付けたという“仕方なしデモクラシー”が復活しました。 戦後的価値観を否定するキーワードは「現実」です。 「日本国憲法の非武装平和主義は国際社会の現実に合わない」「基本的人権、個人の尊重を名目に、現実にはエゴがまかり通っている」「世界有数の軍事力を有する自衛隊を軍隊扱いしないのは非現実的であり、憲法は時代遅れだ」などと、改憲論者は強調します。 “仕方ない”とあきらめ 政治学者、丸山真男氏(故人)は一九五二年に発表した論文(「現実」主義の陥穽)で、今日の事態を予期したかのようにこうした現実論のまやかしを批判しました。 丸山氏によれば、「現実とは一面において与えられたものであると同時に、他面では日々つくられていくもの」ですが、「普通、わが国では現実というときはもっぱら前者だけが前面に出て後者は無視され」ます。 それはあきらめに転化し、異議があっても「現実だから仕方ない」と屈服を迫られます。戦前戦中のファシズム、軍国主義に対する抵抗力を内側から崩していったのがこうした現実観だったことは、丸山氏に指摘されるまでもなく明らかです。 敗戦により武力に頼らない国造りに踏み出した日本ですが、冷戦時代への突入とともに、指導者たちは現実を憲法に合わないものにする政治を積み重ねてきました。その矛盾をごまかし切れなくなって噴き出したのが昨今の改憲論です。 その一方で、六十年間、他国と戦火を交えず、戦闘による犠牲者を一人も出していないという重要な現実はあまり語られません。 “糖衣錠”のような自民党の新憲法案ではプライバシー、環境権、犯罪被害者の権利など「人権をより尊重」する論議もなされました。 しかし、それによって仮面社会化や重罰化が過度に進み、表現の自由や容疑者、被告人の人権が不当に狭められるおそれがあります。安全保障の問題に目を奪われ、こうした論点は軽視されがちです。 憲法に関して「理想か現実か」といった単純思考をすると日本の将来を誤ります。さまざまな論点がある改憲案に対し、まとめて是非を答えさせるのは危険です。 国民投票法案によれば改憲発議は関連項目がまとめて行われるため、条文ごとにイエスかノーかを表明できません。これでは改憲すべきか否か全体を一括して二者択一を迫るのと基本的には同じです。 新憲法案の成案を示さずに国民投票法案だけを先行して成立させることを急ぐうさんくささが、この一点だけでも分かります。 アフガニスタン、イラク開戦の際、戦争支持一色に染まっていた米国の世論は、昨年の中間選挙ではブッシュ政権のイラク政策に「ノー」を突きつけ、復元力を示しました。 小泉純一郎前首相は開戦を直ちに支持し、その後も米国追随を続けました。安倍首相もそれを踏襲し、さらに改憲でこの国を戦争のできる国に変えようとしています。 国民投票法案の審議を通じ、また七月の参院選で、日本の民主主義は元気を取り戻せるのでしょうか。まさに正念場です。 押しつぶされる自発性 「つくられた」ことを無視し、所与性のみを前面に出す現実観に立つと、その時々の支配者の選択が常に是とされ、国民各人の自発的思考が押しつぶされるのは、丸山氏の言った通りです。その揚げ句がルール変更による違反追認です。 それを防ぐには、「理想論」「観念的」という非難にひるまず「現実論」に挑まねばなりません。 http://www.chunichi.co.jp/00/sha/20070204/col_____sha_____000.shtml