2007年を考える 「戦後」を脱してどこへ
時の流れはいつも一定とは限らない。渦を巻いてほとばしるかと思えば、深いよどみに沈む時もある。
二〇〇七年の日本はどんな流れに身を置こうとするのか。大転換期の予兆がある。走りだす前にまず考えたい。奔流となってからでは手遅れだ。
昨年九月に就任した安倍晋三首相は、「任期中に憲法改正を成し遂げたい」と表明、年頭所感でもあらためて強調した。若さからくる気負いがいわせた側面もあるが、ここまではっきりと改憲を口にする首相は初めてだ。
しかし、なぜ憲法を変えるのか、という本質論に入ると首相の歯切れは悪くなる。いわく「戦後レジーム(体制)からの脱却」「(米国から押しつけられた)憲法の改正こそが、『独立回復』の象徴」だというのだ。
◆「愛」の強制は危うい
さらに、安倍首相は基本的人権尊重をうたう憲法が「家族の絆(きずな)や生まれ育った地域への愛着、国に対する思いを軽視する風潮を育てた」ともいう。
こんなことが改憲の理由になるわけがない。そもそも憲法は、国家の暴走を抑止する法的枠組みであって、国民に道徳や社会規範を説く法典ではない。「権利ばかりで義務がない」などという憲法批判は的外れである。
愛国心や家族愛を否定する人は少ない。正義とか「美しい国」も同様だ。反対しようのない概念を持ち出して規範化する試みは全体主義を招きかねない。心の問題の法制化にはよほどの慎重さが求められる。
憲法改正の最大の狙いは九条二項の変更にある。普通の国のように軍隊を持ち、海外任務も可能にしたい。国力に応じた軍事力や国際貢献があって初めて日本は尊敬される国になる。
一言でいえばそういうことだろう。しかし、二十一世紀のあるべき国家観、世界観に照らして疑問が残る。アフガニスタンやイラクでの戦争は、軍事力では平和を築けないと教えている。
◆多様性を認めてこそ
核やテロの時代に一国を完全に守る手段などない。抑止力という恐怖の均衡に平和を託したままでいいのか。抑止力信仰が際限のない軍拡競争をもたらしたことは歴史が証明している。
防衛庁が九日、防衛省に昇格する。自民党のもくろみ通りに改憲されれば自衛隊は自衛軍になる。普通の国の軍隊が、アジア近隣諸国の緊張を高めるのは必至である。日本への不信感も増幅されよう。軍事力と国際的地位の向上はイコールではない。
二度と世界を敵に回さないという宣言が憲法九条である。戦後体制からの脱却をいうのなら、日米安保条約と在日米軍の存在も問われなければなるまい。戦後を規定するもう一つの基軸にほかならないからだ。
昨年暮れに成立した改正教育基本法も「戦後総決算」の一環といえる。「日本人にふさわしい教育を取り戻す」ことは、憲法改正と並ぶ自民党の悲願であった。だが、この教育観も時代遅れというしかない。
国の務めは教育の条件を整備することである。それ以外はできるだけ手を出さないのが望ましい。人間像や生き方を国が指し示すなど控えるべきだ。鋳型にはめ込むのは、教化や訓練ではあっても教育本来の姿ではない。
地球が豊かなのは生物の多様性があるからだ。人間にも同じことが当てはまる。顔や姿形が違うように、考え方も多様であるべきだ。一つの価値観を強要すると摩擦や衝突が生じる。
いじめ問題の根底には、異質なものを排除しようとする意識があるように思われる。国を愛する態度や公共の精神の強調が、この傾向に拍車を掛ける恐れはないのか。
◆真の豊かさとは何か
戦後六十二年目を迎えた。憲法が施行されてからは六十年になる。「戦後○○年」という言葉はいずれ死語になるかもしれない。しかし、戦後の終わりが戦前であってはならない。
国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を柱とする憲法の下で今日の繁栄が築かれた事実は重い。
一八九四年の日清戦争以来、ほぼ十年おきに戦争を繰り返してきた日本が、六十一年の長きにわたって不戦を貫けた源は、平和主義を掲げる憲法体制そのものにあったといえよう。
戦後の見直しに当たっては、平和国家建設に憲法が果たした役割を正当に評価しなくてはならない。国際紛争の解決に武力を用いないとする日本の姿勢こそ、二十一世紀の世界標準として掲げられてしかるべきだ。
今日までの足取りには反省すべき点は多々ある。経済成長の陰で失われたものも少なくない。家族や地域社会の様相は大きく変わった。目標を見失っている若者が多いのも大問題だ。
憲法や教育基本法を変えれば済む話ではない。豊かさの意味を問い直すことこそ問題の核心である。新しい価値観は混沌(こんとん)の中から生まれてくる。人間と未来の可能性を信じたい。国や秩序、統制が前面に出たのでは息苦しさを増すばかりだろう。
http://www.niigata-nippo.co.jp/editorial/index.asp?syasetsuNo=355
では、9条の無い世界の国々は、世界を敵に回すという事か?