日韓問題はすでに歴史認識で解決する段階ではなくなっているように思う。
悪いのは○○ニダ!心より反省するニダ!
こういう言葉はよく聞くけれど、日帝が悪い、親日派が悪い、あるいは逆に韓国人自身が悪いと結論づけても、「(虐げられた)可哀相な民族」になるか、「(保護を必要とした)情けない民族」になるかの違いだけで、どちらにしても自身を貶める結果にしかなっていない。
どれを選んでも自分で傷を掻き毟っているようなものだから、いつまでも癒されるわけがない。
どう考えても解決策にならない行為なのだが、兎に角誰か悪者が必要らしい。
同時に彼等は思いやりを強要する。
「ウリの心を傷つけるな。ウリを思いやって、日本が悪いと認め謝罪しろ。そうすれば癒されるに違いない。」
しかし、実際に何度も国としての謝罪は行われているが、彼等の心は未だに晴れる事は無い。単に「可哀相な民族」に落ちただけだから、癒されなくて当たり前。
結局ジクジクした痛みを抱え、救いを求めて「謝罪ニダ」と繰り返す。
しかも時間が経つほど感情が肥大化してしまうため、もはや何がしたかったのかも覚えていない。
歴史認識が一致すれば解決するような事を言う人が居るけれど、それで話が終わるとは到底思えない。
例えば慰安婦。
日本軍に強要されたとしても、親に売られたとしても、その他の止む終えない事情であったとしても、彼女達が売春婦であったという事実は変えようが無い。
変えようが無い事実を認められないが故に、いつまでも救われる事無く嘆きつづけている。
思いやり要求とは要するに「認めがたい事実」を突きつけるなと言う事だ。
しかし事実は変えられない。
どうにもならない事にぶち当たるのは、誰にでも起こる事だが、ではそれをどう対処するかは問われる所。
分かっていない朝日新聞なんかは、未だに「加害者は謙虚な心を、被害者は寛容の心を」と言っているが、そんな事で解決するなら半世紀以上も問題を引きずったりしないだろうと。
普通なら心の問題は時間が解決する事が多いけれど、韓国の場合はひたすら悪者を探してしまったため、遂には中国様にもアメリカ様にも喧嘩を売ってしまって、いやはや、どうするつもりなんだか。