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ネットを散歩していて見つけた面白いものをmemo
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文化を誇るのはいいけれど
自国文化に誇りを持つ“過ち”

日本の友人や知人から「4大文明の1つである中国文明」や「孔子、老子などの歴史偉人」について関心を示される時、僕はいつも複雑な気持ちになります。今の中国は世界に後れを取っていますし、現在は世界の人々が納得するような偉人も生み出していないからです。

 「日本の文化の多くは、中国からやってきた」と言われる時も困惑します。恐らくは、僕への心遣いも込めての表現だとは思います。にもかかわらず戸惑ってしまうのは、文化は国に属するものではなく地域の風習や自然と歴史から育まれてきたものだ、と言うのが僕の持論だからです。人類の長い歴史において国の興亡は果てしなく繰り広げられてきましたが、文化は人間を媒体に人類のものとして伝わり発展したものなのです。

 朱子学を日本に伝えた人々は、日本に定住し日本人になりました。サツマイモの先祖はアフリカにありましたが、サツマイモはサツマイモです。日本のラーメンは、中国の「面条」ではありません。日本で生まれた「銀行」「工業」「人気」などの多くの言葉は、中国語になっています。文化は誰かが誰かに与えるものではなく、風や雲のように国境と関係なく自然に伝わる人類の「心の気候」です。
端午の節句、端午節、端午祭

 ところが中国の一部の文化人の間では、中国の文化を無形文化遺産としてユネスコに申請すべきという議論が現在、行われています。きっかけは日本でも知られている「端午の節句」です。中国でも東部の一部の地域に「端午節」を祝う習慣があります。鯉のぼりを掛けませんが、粽は食べます。

 実は韓国にも端午の節句、端午節と同じように「端午祭」があります。その韓国が2005年に、江陵の端午祭をユネスコに「世界無形文化遺産」として正式に申請し成功したのです。これに対して中国のインターネットでは、一部の心の狭い人間が「韓国の端午祭りは中国が本家で、本来は中国が申請すべきものだ」と熱を上げています。

 自国の文化や歴史に誇りを持つことは、ほどほどがいいと思います。自虐と同様に過剰な誇りも冷静な思考を妨げ、自国にも他国にも良いものをもたらさないと思います。ある地域に存在し、もしくは存在していた文化と歴史は、その土地にかつて生きていた人々がつくり上げたもので、それがイコールとして今そこに生まれた人間に属することにはならないと考えるべきです。

 「端午の節句」であろうが、「端午節」であろうが、「端午祭」であろうが、その土地の人々が自分の感性と習慣に沿ってその祭りを祝う以上、もうその土地に溶け込んだ文化です。その発祥がたとえ別の地域でも。

 当時、その地域で成り立った文化を、現在の国の単位で「本家は」とか「本来は」と誇りの種にするのは、先祖の行為を侮辱することにはならないでしょうか。米は最初どこで生まれたのかは、重要ではありません。その地域の人たちの舌に合わせて変化してきた過程にこそ、文化や伝統の意味があるのです。
孔子は尊敬すべきだが、誇りに思う資格はない

 僕は山東省の出身で孔子と同じ故郷を持ちます。言われてみれば少しうれしいですが、自分にとって、孔子は学びと尊敬の対象に過ぎません。誇りに思う資格は、僕にはないと考えています。そもそも僕の先祖がもともと山東省の人間ではなく、遠いところから山東省に移住してきただけでした。

 生まれた土地の文化の良いところを吸収し、悪いところを取り除くような努力もしない人には、その土地の文化を誇りに思ってほしくないものです。周知の通り、冷戦後、世界中では過激な原理主義者が急速に増えました。今日のいわゆる「テロとの戦争」の主役を務めているのは、原理主義者です。原理主義者は何も宗教や主義に限るのではなく、自国の文化と歴史を過剰に評価する人々も「文化原理主義者」と言えるのです。
誇りと驕り

 よく「独自文化」を誇りに思うと言いますが、純粋な「独自文化」はそもそも本当に存在するものでしょうか。外の文化の影響を受け、外の文化へ影響を与え、その交流を通じて脈々と繋がっていくのが文化です。滅びていく文化は、大体この繋がりと交流を断ち切った文化であると言えます。

 自国の文化を背景にほかの文化を見下すのは、フェアな態度ではありません。相手の文化を認めてこそ自分の文化の特色を認識できるものなのに、相手の存在を無視するのは内面では自分に自信が持てないからだと思います。

 「誇り」とは聞こえがいいのですが、一歩間違うと自分以外を見下すこと、驕りになっててしまうことを我々は留意すべきです。過剰な「誇り」は、必ずや報いが来ることを歴史が教えています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20061030/112702/


この余裕は中国人だからだろうか。
韓国人に見習えと言うのは酷かねえ。

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    by oneearth | 2006-11-22 20:40 | 歴史
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