【新連載コラム】「逃げ場のない」SNS上の事件・安全神話への疑問
グリーとKDDIの提携、マイスペースの上陸などで、注目を集めるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)。実名利用、招待・会員制度などの仕組みが持つ安心感から、ネットに恐怖心のあったユーザーも取り込み、会員数が急増している。最大手ミクシィでは6割が実名登録といい、匿名中心だったネットカルチャーに変化をもたらした。しかし、この実名利用が「悪用」され、プライバシーが侵害される事件が起きたことで、流れが変わりつつある。SNSの「安心・安全」神話は崩壊しつつある。(ガ島流ネット社会学@藤代裕之)
■SNSのプライバシー侵害には「逃げ場」がない
事件の概要はこうだ。ある男性のパソコンが「Share(シェア)」と呼ばれるファイル共有ソフトのウイルスに感染。仕事に使っていたファイルだけでなく、女性と撮影したプライベート画像がネット上に流出した。流出したファイルからこの女性の実名が特定され、誰かがこの名前をミクシィ上で検索した。女性が実名で登録していたため、プロフィール欄、日記の内容から、居住地、職業、高校名などの詳細な個人情報が割り出された。これらは、2ちゃんねるなどの掲示板、個人のブログにコピーされただけでなく、ミクシィで当事者が加入していた出身校などのコミュニティーに投稿され、瞬く間に広まった。
事件の発端となったファイル交換ソフトのウイルス感染は、自衛隊の機密書類から警察の捜査資料、企業の顧客名簿までさまざまなファイル流出事件を引き起こしてきた。ただ、SNS登場以前であれば、仮に画像ファイルが流出したとしてもよほどの有名人でない限り「誰であるか」を特定するには相当な手間と時間がかかった。匿名利用が多いネットでは、特定人物の詳細な個人情報を集めることは意外に難しいからだ。
しかし、SNSは、氏名や年齢(場合によっては顔写真)だけでなく、職業や趣味などの詳細なプロフィール、さらに友人や知人とのつながりも「見える」仕組みとなっている。特に、コミュニティー機能は、現住所、出身地、出身校、所属する会社や組織、関心のあるタレントや趣味など、あらゆる角度からリアルの範囲では出会えないネットユーザーと交流できるSNSの中核となるサービスだが、これが悪用されたことで、あらゆるつながりを持つ人に写真が「さらされる」という悲劇を生んでしまった。
バーチャルとリアルを融合させたSNSでプライバシー侵害が起きれば、どこにも逃げ場はない。
事件の舞台となったミクシィだけでなく、多くのSNSが実名登録を推奨している。実名登録していることで、高校や中学の同窓生との再会など、思わぬ出会いもあるからだ。
しかし、ミクシィの会員数は600万を超えたとされ、福岡県の人口を超えるネット上の一大コミュニティーを形成している。2番手のグリーでも40万人と、地方の中核都市レベルの会員数だ。SNSのユーザーは知らぬ間に、大きな街の中で、玄関の表札に名前を出すだけでなく、趣味や職業、日記までも公開しているに等しい状況となっている。
■「工作員」やID販売サイトも現れる
招待制が担保していた「知り合いの知り合いだから安心」という考えも危うくなっている。
今回の事件の最中には、騒ぎを広げようとした一部ユーザーが掲示板で無差別招待を行って「工作員」と呼ばれる正体不明のユーザーたちが多数SNSに入り込み、排除しようとしたミクシィ側が一般ユーザーのIDまで削除してしまうという混乱も引き起こしてしまった。
悪質なユーザーは、以前からネットの匿名性を最大限利用して、プライバシーの侵害、サイトへの攻撃などを行ってきた。SNSは、このようなネットの匿名性から来る怖さから守られているところが人気の秘訣でもあったのだが、改めて招待制が担保していた「安心」が幻想であったことを明らかにしてしまった。
また、ビジネスとして注目され始めたことで、IDを販売する業者も出現している。売買サイトの「売ります」の欄には、友人の数、参加コミュニティー数、更新頻度、(日記)内容、アクセス数などとともに希望売り出し金額が書かれたリストが並ぶ。金額は5000円から高いものでは13万円というものも。このようなIDの多くは、アダルトや健康食品のアフィリエイトなどの商売に使われる「捨てID」。そのため「友人リスト」の「マイミク数」が多いIDやアクセスが多いものが高額になっていると見られる。
また、ネット上では「早くからミクシィに招待されているネット業界人としてステイタスがある」「信頼性がある」などの理由で古いIDが売買されているという噂が絶えない。
■後手に回る運営側の対策・日記公開は「友人まで」がお薦め
ミクシィでは、プライバシー侵害事件が明らかになった後に「本名での登録は強制ではありません」「あまりにプライベートなことを書くのは避けましょう。mixiに掲載した情報はインターネット上で多くの人に公開されていることになります。その点に十分留意してご利用ください」などの利用上の注意をようやく公開。11月10日にも「mixiを安全に使うために」という項目が付け加えられた。また、12月には氏名と性別の公開範囲を限定できる機能を実装するという。実名を推奨してきた姿勢はトーンダウンし、対応が後手にまわっている印象を受ける。
正体不明ユーザーの存在、ID売買などが明らかになっているにもかかわらず、ミクシィからは、危険性を呼びかける公式なアナウンスはない。機能追加などの理由も、あくまで「ユーザーの居心地の良さにつなげるため」とコメントするのみだ。ユーザーへの積極的なリスク情報の公開や、クレジットカード登録や住所確認による本人確認の強化といった対策も可能なはずだが、あくまでユーザーにリスクを押し付けているようにも見える。これでは、「演出された居心地の良さ」で加入者数を増やしたいのではと言われても仕方ない。
SNS運営会社のユーザーへの注意喚起は最小限になりがちだ。法制度も企業の対応も追いついていないとすれば、結局のところ利用者自身が気をつけるしかない。
例えば、ウイルス対策ソフトの会社では、最近流行のウェブ2.0になぞらえ、ネチケット(ネットエチケット)2.0を提唱している。内容は「SNSで根拠のない情報を掲載したり、メールで送ったりしない」など、参考になるものが多い。個人的にも、以前から友人のミクシィユーザーには日記の設定を「友人まで」とするように呼びかけている。多くのユーザーが日記の設定など確認していない。仕組みをよく知らないユーザーが、知らぬ間に日記を全ミクシィユーザーに公開していた、といった事態に陥る可能性もある。ぜひ設定方法を見直してもらいたい。
ネットを活用する際は、たとえSNSであってももはや「中」ではなく「外」であるという意識を持つ必要がある。特に、個人情報の入力には慎重になるべきだ。一度書いた個人情報が誰かによってコピーされ流出してしまえば、永久にネット上を漂うことになる。
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMIT11000016112006
ネットでプライバシーを垂れ流すメリットが思い当たらないのですが、実名登録している人たちは何を考えているんだろう。