テレビ朝日ワイドショー
「この国を訴えたいくらいいっぱい差別を受けましたから」。1日、テレビ朝日系の昼のワイドショー番組で和田アキ子の放った言葉だ。「人間一滴」と題したシリーズで、映画監督山本晋也がアンカーマンとなって和田アキ子の本音に迫った。約20分という長いインタビュー構成の番組だった。局側が明らかに「衝撃の発言」として紹介しようとした冒頭シーンはしかし、その一コマで終わり、差別の中身についてはついに触れられることはなかった。そのことがよけいに彼女の一言を際だたせた。「言わずもがな」。視聴者の中には思った人もいただろう。記者の目には、言わずにはおれなかった口惜しさと、それ以上は言うまいと、固く口を閉じるエンターテナー和田アキ子の矜持が見えた。
(文化部・仲田功)
エンターテナーの誇り 全ては「歌」で勝負
暴力を振るわれた記憶しかない父親への解けぬわだかまり、そんな父親にも従順であろうとし、自分にはひたすら「ごめんね」と謝るしか術のなかった母親への追慕。和田アキ子の胸の内が堰を切ったように語られた。おそらく誰もが息をのんだのは、子宮ガン手術で子供を産めない体になった彼女が、母親に「夫の子供を代わりに産んでくれ」と迫るくだりだっただろう。
番組の表題どおり「本音激白」と言うには十分すぎる内容であったと言っていい。にもかかわらず、なぜ、冒頭シーンに「この国を訴えたいほどいっぱい差別をうけた」という発言を流す必要があったのか。番組はそれでいて、その中身を語ることはいっさいなかった。
和田アキ子自身がそのことをよしとしなかったのか。番組が敢えて伏せたのか。いずれにせよ、くだんの発言が和田アキ子の本音をシンボライズしていると局側は判断したのはまちがいない。和田アキ子はしかし、思わず言ってしまったが、それ以上は語るまいと固く口を閉ざしたのではあるまいか。彼女の芸能人としての誇りがそうさせたと見ることはできる。
一時期のマルセ太郎を思い出す。マルセが売れなかったその昔、渋谷「ジャンジャン」のオーナーが、マルセの「在日」をセールスポイントにして売り出そうとしたことがある。それを強くたしなめたのは永六輔だった。
「マルセ太郎の芸はそんなことをしなくとも分かる」
オーナーを一喝したのだそうだ。
有名歌手のSは、「僕は自分が在日であるということを明らかにしたくない。公然の秘密であったとしてもだ」と語ってくれたことがある。
「そういう出方をしたら、その時は偶然うまくいっても、歌手生命を短くしてしまう」
商売勘定が働いての言葉でなくもない。
だが、歌という次元を超えたところで理解されたくないというプロ意識がそこに働いていたのである。
いわゆる「在日」の歌手や芸人たちが未だ出自を秘めて活躍していることに記者は大変なリアリティを感じる。歌一本で生きようとする彼、彼女らが、歌以外のことで判断されたくないとするエネルギーがあまたの「在日歌手」たちを日本の芸能界に君臨せしめてきたのだとSが言っていたのを思い出す。ようするに、実力歌手にとって「在日」がどうの、差別がこうのというのは無用の長物なのかもしれない。
逆もある。内容は陳腐でも「ザイニチ」という面妖な言葉の含意のおかげで「良心的日本人」の「良心」に支えられ日本社会にアピールされる人々もいる。
1日の放送を見る限り、少なくとも和田アキ子はそのような「良心」におもねることなく、日本の芸能界に君臨する姿を見せつけた。(敬称略)
http://www.onekoreanews.net/news-syakai04.cfm
和田アキコが苛められたのは、在日関係無いと思うのですが。