中国政府が小泉純一郎首相の靖国神社参拝を軍国主義や戦争の美化と結びつけて非難することはあまりにも皮肉な倒錯である。いま中国が異様なほど大規模な軍拡を進めていることは全世界が知っている。その軍国主義の中国が日本の首相の神社参拝をとらえて、軍国主義だと非難するのだ。
しかし他国に対する軍国主義志向や戦争美化という糾弾は、その相手側に現実の軍拡とか外国領土への侵犯、外国航空機への攻撃など実際の行動があって初めてできるのが普通である。首相が神社に参拝するからその国が軍事的だという主張は悪い冗談のようであり、靖国をあくまで糾弾するのならもっと真剣な理由を探してほしい。靖国参拝を軍国主義と結びつけるのは中国側の口実にすぎないのだ。
(中略)
中国政府は共産党員に主導され、共産主義者はみな公然たる反宗教の無神論者だ。共産主義の教理上、あらゆる宗教や信仰を本質としては認めないという立場であり、そもそも祈願とか参拝という概念を否定している。その非民主的な指針を民主主義の外国である日本に押し付けようとしているのだ。その指針の適用の行き着く先は、市民の自由や言論の弾圧となる。
中国政府は国の内外を問わず、信仰に関する事柄に干渉すべきではないのである。
中国は日本のA級戦犯を非難するが、東条英機氏らがどんな悪事を働いたとしても、毛沢東氏が自国民2000万以上を殺したとされることに比べれば軽いだろう。だが毛氏は死後に中国最高の栄誉を与えられ、国民が弔意を表する。中国が日本に対して主張する理屈に従えば生前の「犯罪」のために弔意を表してはならないことになるのだろうが、私は中国人が毛氏の霊に弔意を表する権利を認めたい。外部の政府や人間の関知することではないのだ。
ソース(産経新聞) 5/27付 3面
でも、その詭弁を日本でも支持する人間がいるんだよね。