民団と朝鮮総連
在日本大韓民国民団(民団)と在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が和解に動き始めた。対立より仲良しがいいに決まっているが、さめた見方も少なくない。民団が脱北者支援を棚上げにするなど、北朝鮮の問題に目をつぶった印象がぬぐえないからだ
▲むろん視点が違えば見方も違う。在日2世の作家、朴慶南さんは南北対立の緊張の中で育った自らの半生を振り返りながら、和解を評価し、こう語る。「日本人は在日がいるのに見ようとしないし、知ろうとしない」「韓流ばやりと言っても、在日に本名を使わせない閉塞(へいそく)感が、いまだに日本にはあるんです」(18日朝日新聞)
▲南北いずれであれ、なお厳しい在日の環境。だからこその同胞融和。朴さんの指摘を読んで日本がサッカー・ワールドカップ決勝トーナメント出場を決めた日の風景が浮かんだ
▲02年6月14日。大阪・ミナミは群衆であふれ返った。圧死の恐怖に耐えながら川にこぼれ落ちる人影や街頭の熱狂を見続けた。あちこちで歓声がわき起こる。「日韓決勝」「日韓決勝」。若者たちが日韓で決勝を戦おうと叫び交わす図は大いなる和解に映った。甘い感傷に過ぎないのだろうか
▲毎日映画コンクールはじめ各賞を総なめにした映画「パッチギ!」で日本の高校生が在日の長老から「我々の苦労を何も知らないやつは帰れ!」と怒鳴られる場面がある。あの長老にしかられそうだが、今回の和解で日本人とどう向き合っていくかが語られなかったのは残念だ
▲同胞は大事だし、祖国も大事だ。だが正義や人権といった価値観も大事だ。和解は情理兼ね備えたものであってほしい。日本の高校生と在日の少女の愛が実る「パッチギ!」。あのハッピーエンドを現実のものにするためにも。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/
>在日に本名を使わせない閉塞(へいそく)感が、いまだに日本にはあるんです
私の友人は思いきり朝鮮名ですが。
失礼な奴だな。