孔子が泰山の近くを通りかかると、墓前で婦人が泣いていた。理由を聞くと、舅(しゅうと)も夫も子供も虎に食われたという。孔子が「なぜ安全な国へ行かないのか」と問えば、「ここには苛酷(かこく)な政治がないのです」と答えた。子曰(いわ)く、「苛酷な政治は、人食う虎よりも恐ろしい」。
▼評論家の渡部昇一さんは『古語俗解』の中で、共産国家の「苛政」を批判した。鉄のカーテンが引かれたソ連圏は「苛政」続きだったし、ベトナムのボートピープルはそれから逃れて海にこぎ出した。
▼いまだ中国では、共産党の歴史解釈にそぐわない言論人や機関はたちまち拘束されるか発禁処分になる。戦後半世紀にしてこうだ。この言論統制に中国の知識人が反発し、米欧のメディアに中国批判があふれた。為政者たるもの、「苛政」を暴露されてはたまらない。どこかに別の敵を見つけて「あっち、あっち」と誘導したい気持ちは分かる。
▼さしあたり、李肇星外相が日本の指導者による靖国神社の参拝を批判する大宣伝に乗り出したのがそれだ。内外の言論人に「官製の歴史」を思いださせ、国民の目を外にそらす。小泉首相への名指しを避けて「一部指導者」とすれば、ポスト小泉に向けた牽制(けんせい)にもなる。
▼李外相はドイツ当局者の話として「ドイツにはヒトラーやナチスを崇拝する指導者はいない」などという。もちろん日本にもいない。「いる」というのは、貴国とその共鳴者だけだ。それに当局者が誰かが分かれば、直接、そちらの誤解を解くから氏素性を明かしてもらいたい。
▼ほんの一部の米国メディアが中国の主張そっくりの反日記事を書くことはある。そこで彼らに出題したい。「中国にあって日本にないものは何でしょう」。答えは「苛政」である。
http://www.sankei.co.jp/news/column.htm
> ▼ほんの一部の米国メディアが中国の主張そっくりの反日記事を書くことはある。
あはは。