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ネットを散歩していて見つけた面白いものをmemo
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『タイ美少女メビサちゃん、美談の裏側』
新潮45 2004年12月号 渡辺也寸志(ジャーナリスト)
『タイ美少女メビサちゃん、美談の裏側』
タイで養育できない、は嘘だった。だが、メビサちゃんをタイに戻せばすむという問題でないことも確かなのだ。

◎いとこからの手紙
 こんにちは。メビサ。お元気ですか。
 こちらはみんなメビサのことを心配しています。トーンお父さん、コムお兄さん、マイちゃん、トゥリーおじさん、オッドお父さん、ゲンおじさん、ジョイおばさん、 ジュお兄さん、ジェンお姉さん、リーお母さん、ニッドお母さん、コイお姉さん、チャイおじさん、ダおばさん、みんなメビサのことをとても心配しています。
 メビサがここに帰ってきてほしいと思っています。もし帰ってきても、心配しないでください。みんなメビサのことを養育することができます。高校でも大学でも勉強したいのならメビサが望む通りにすることができます。
 メビサは昔この家に住んで勉強していましたよね。ここで友達もいましたよね。こおには、おじさんも、おばさんも、お兄さんも、お姉さんも、お父さんも、お母さんもいますよ。みんなメビサのことを愛しく思っています。
 クワンお母さんがお兄ちゃんのことをまるで自分の息子として育ててくれたように、メビサの兄として、お兄ちゃんもメビサのことを自分の娘と同じようにとても愛しく思っています。コムお兄ちゃんはメビサのことを自分の娘のように愛しく思っています。コムお兄さんより(原文タイ語)

 タイ人少女メビサちゃん(一三)の話題が全国に報じられたのは、記録的な暑さが続いた今年七月のことだった。両親と死に別れ、日本に住む祖母を頼って昨年二月に来日した彼女が、その在留資格を「短期滞在」から「定住者」へ変更申請したところ認められなかった。変更申請は二度目で、再度の不許可。このため、彼女と祖母は処分取消訴訟に踏み切ったのだった。祖母は日本人と結婚して、日本での永住権を持っている。メビサちゃんはその養子である。

 法務省は「六歳未満」の養子に限って定住者にする法相告示通りに判断しただけで、そもそも取得の容易な短期滞在からの資格変更はよほどの理由がない限り認めていない。だが、愛くるしいメビサちゃんがたどたどしい日本語で会見する様子が映し出されると、全国から同情が一気に集まり、法務省には非難が殺到した。各メディアは法務省の杓子定規な対応を「人情にもとる」「役人たる前ににまず人間たれ」と責め立て、地元からは署名活動も始まったのである。
 メビサちゃんを養育する身寄りはタイにはまったくいない、すでに日本の学校に編入し、現在中学一年の彼女は、日本語も上達して友達もたくさんできた――そうした内容が繰り返し報道されたことを、覚えている人も少なくないだろう。
 短期滞在の資格でも公立学校に入学できるのは不思議な気もするが、メビサちゃんの住む荒川区の学務課によれば、「在留資格はまったく関係ない。居住していることが確認されれば入学できる。」九〇日の短期滞在資格で入国した彼女は延長を繰り返しながら小中学校に学び、この時すっかり日本に馴染んでいた。
 ちょうど参議院選挙前の微妙な時期だったため、メビサちゃんは政治的にも利用された。小泉首相の「人道的な配慮がなされると思う」という言葉が飛び出し、法務省は、とりあえず在留期間の三ヶ月延長を認めた。
 その期限は一〇月六日いっぱい。その後、メビサちゃんはどうなったか。法務省入管局総務課は「更なる変更申請がなされていたため、退去強制されているわけではない」、つまりいまも保留の状態が続いているのだ。
 だが同じ一〇月、週刊新潮が寝たきりで養育できないとされたメビサちゃんの祖父シリトゥンさんのインタビューを掲載、その事実がないことが報じられた。
 私はその取材に、タイ在住ジャーナリストとして、現地のソーシャルワーカー・アランヤさんと同行していた。冒頭の手紙は、その時預ってきたものだ。メビサちゃんい伝えることは、という問いに、集まった叔父叔母いとこたちがその場で記してくれたのだ。手紙の兄、姉というのはメビサちゃんのいとこのことで、父母の呼称の入っているものは、叔父叔母のこと。メビサちゃんが現地で使っていた呼称である。
 手紙は、コム兄さんほか、三人のいとこと小学校の担任からも託された。それらはいまメビサちゃんのもとに渡っているはずだ。
 現地のシリトゥンさんの様子やインタビュー、こうした手紙などから見えてきたのは、それまで報道されていたのとはまったく違う現実だった。訴状にある「祖父が寝たきり」という事実はないし、「タイ国には原告の面倒を見ると申し出た親戚は一人もいなかった」という記述もただの作文でしかない。
 だがしかし、長らくタイに居を定めてきた者として、メビサちゃんをタイから連れ出そうとする祖母ブアチャンさんの気持ちは痛いほどよくわかる。この問題はメビサちゃんの養育がタイでもできる、ということをもって済ますわけにはいかない。彼女を故郷に戻すことはいったいどういうことか、私もたぶんブアチャンさんと同じ危惧を抱けるのだ。


◎祖父は語る
 タイ北部の古都チェンマイから南に二五キロ。日本企業の大量進出で工場団地が立ち並ぶランプ―ンという市がある。京セラ、眼鏡のHOYA、村田製作所などの工場が立ち並ぶが、少し前まではただの静かな田舎町だった。かつて日系企業のある工場で深夜残業の女子従業員がバタバタと倒れる事件があり、その時に訪れたことがあった。それは鉛中毒が原因とされたが、周辺の農村を回るとエイズが蔓延していることを知らされ、そちらの方が強く印象に残っている。進出企業が田舎の若い男女を大量に集めて一ヶ所に置いたために、急激に性風俗が乱れはじめたということだった。
 シリトゥン・チャンティマさんの家はそんな町の外れにあった。町を縦断するクオン川の河川敷に高床の、一見して安普請とわかる建物が建っていた。新築のようだが、板張りの一間があるだけで、家というより小屋に近い。
 シリトゥンさんは六六歳、足が不自由だが、寝たきりなどではなかった。彼はメビサちゃんの母方の祖父である。一方、ブアチャンさんは父方の祖母だ。
 メビサちゃんは、一九九一年四月二三日、ウィロート・モートテートさん(ブアチャンさんの三男)とブンタウィー・チャンティマさんの間に生まれた。だが父親はその二ヶ月前にバイク事故で死亡、母親も病気の中での出産で、その後入院が長引いたという。このためメビサちゃんは、生まれて間もなくチェンマイにいたブアチャンさんのもとに引き取られている。
 ブアチャンさんはもともとチェンマイ北部の出身で、一〇代でバンコクへ出稼ぎに行った後、一九七〇年代の終わりに日本へと向かった。以来三〇年近く、水商売で稼ぎながら生計を立ててきたが、一九九〇年に塗装工である日本人と結婚、ちょうどメビサちゃん誕生の半年ほど前に長女をチェンマイで産み、当時はかの地に滞在していたのだった。
 もっともその生活は数ヶ月のことで、やがてブアチャンさんは日本へ出稼ぎに戻り、間もなく母親のブンタウィーさんも再婚する。こうしてメビサちゃんは、母方のシリトゥン一家に託されることになった。シリトゥンさんは言う。
「あの子の面倒は、ほとんど私が見ました。二歳頃から日本へ行った一一歳までね。爺ちゃん子ですよ。それをブアチャンさんが強引に連れていってしまった」



 もともとブアチャンさんは、メビサちゃんを養子にしたがっていたという。
「生まれた時から養子にしたがっていて、小学校にあがった一九九七年、母親を納得させて養子縁組しました。小学校の一、二年はここで暮らしましたが、三年の時に彼女は無理やり彼女の姉の家に連れて行ってしまった。もっともその時も週末はこちらの家で過ごしていましたが。そしてメビサは四年になってまたこちらで暮らすようになったのです」
 どうやらメビサちゃんが幼い頃から取り合いをしてきたらしい。実は両家の関係はあまり良好ではない。
「私の娘は一六歳の時、ウィロートと一緒になりました。あまりに早い結婚だったので、ブアチャンさんがずいぶん反対した。だから昔から関係はよくないんです」
 メビサちゃんは、ここから地元のランプーン第二小学校に通った。今年四月まで三二年に亘って教鞭を執ってきたメビサちゃんの担任ティラーパさんが言う。
「メビサちゃんの母親も、その兄さんたちもみんな私の生徒でした。あの家はさほど貧しくはないですよ。メビサちゃんは三年の一時、転校したことがありますが、五年間私が担任でした。その一年は、ブアチャンさんとそのお姉さんが他へ連れて行ったんです。
 成績は普通ですよ。五年の途中で日本に行くことになったときは、学校中で協議しました。ブアチャンさんは強引で危険な感じがしましたから。日本でレストランをやっているといっていましたが、服装や身のこなしですぐに水商売ということはわかりました。だからよけい心配しているんですよ」
 来日のきっかけは実母ブンタウィーさんの死だった。
「メビサは嫌がっていたんですが、ブアチャンさんが強引に連れ出した。私も諦めてチェンマイの飛行場まで付き添って行きました。そのときのメビサの寂しそうな表情がいまも瞼に残っています」
 シリトゥンさんは悔しそうにそう語ったのだった。


◎メビサのお金を
こうしたリシトゥンさんの言い分にブアチャンさんは何と応えるか。ここはブアチャンさんの話も聞かねばなるまい。
「メビサを預けるのは、もともと小学校に上がるまでの約束だった。それなのに戻さない。だからそもそもの約束が守られてない。私の息子ウィロートが死んだ時、彼はまだ二一歳だった。遺体は、顔がないくらいメチャメチャだった。私は息子に満足なことをしてやれなかったから、せめて孫にはと思って、メビサがお腹にいるときからブンタウィーに話して、この子は私が育てるって約束していたんですよ。それは彼女もシリトゥンさんもわかっているはず。それなのにそんな言い方をするのはおかしい」
 真っ向からの反論である。
 さらに日本で稼ぐブアチャンさんは、実姉のポンシーさんを通じて養育費を送っていたともいう。
「生活費に数千バーツ、それにその時々の必要なもの、靴とか服とかで、一〇〇〇バーツ、二〇〇〇バーツって渡していた。ごまかされるのはいやだから、私は買ったものについては必ず写真を撮って送ってもらっていた」
 シリトゥン一家がこれまでメビサを養育できたのも、ひとえに自分の援助があればこそ、ということらしい。
 確かにシリトゥンさんの暮し向きは決してよくない。現在は無職で、四人の息子たちが月に二〇〇〇バーツ(約六〇〇〇円)ずつ出し合って支えている。ブアチャンさんは言う。
「シリトゥンさんはね、小学6年生のメビサをもう働かそうとしていたのよ。メビサの従兄弟と一緒に酒や肴を出す屋台をやらせようとしていた。金銭的には苦しかったと思う。銀行からお金を借りてアパートを建てたけれどローンが返せず、去年私に六〇万円ほどどうにかならないか、と言ってきたこともあったから」
 シリトゥンさあんは今年四月、一〇部屋あるアパートを売ったと言っていた。だから養育費はあるという文脈だったが、それでは反対だ。
 メビサちゃん養育にこだわる理由のひとつはずばり「金」だという。
「メビサのお母さんが死んだ時、彼女は日系の工場で働いていた。親が死んだら、子どもにお金がおりる制度があって、彼らはそれを当てにしている。いままでに出た分で、自分の子どもにバイクを買ってやってしまった。それはメビサのお金よ。メビサを養育していないとそのお金がもらえなくなる。だから手元に置いておきたいのよ」
 さらにこんな理由もある。
「もともとシリトゥンさんの奥さんは体が弱く、ここに引き取られてもメビサは満足に育てられないと思っていた。その奥さんは引き取って四年後に亡くなったよ。シリトゥンさんも前に私が行ったときには寝たきりだった。家も狭く、そこにシリトゥンさんや叔父やいとこがいて、そんなところでは何が起きるかわからないよ。メビサは体が大きいし、成長も早い。私はずっとね、メビサをあそこの家に置いておくのは心配でしょうがなかった。何も起きない前にわたしが連れてこられたのは奇跡だと思っているくらいだもの」
 ブアチャンさんの顔は本気だった。


◎「次はこの子の番」
 ブアチャンさんの話に納得できる部分は少なくない。ブアチャンさんの言い分は筋が通っている、と思う。だが、ひとつ引っかかっていることがあった。実は、彼女がが日本に連れてきたのは、メビサちゃんだけではないのだ。
 ブアチャンさんには三人の息子がいて、メビサちゃんの父ウィロートのほか、長男ウィラット、三男ジャカパンがいる。ウィラットさんは二〇〇〇年に死去しているが、ジャカパンさんは、日本の夫の養子となって来日し、日本で働いている。養父と同じ塗装工だという。
 そしてさらに、メビサちゃんに続いてもう一人、日本に連れてこようといしている少女がいるのである。
 ランプ―ン市に住むブアチャンさんの姉ポンシーさんはこう語っていた。
「死んだ長男ウィラットの一一歳になる娘も日本に行かせるつもりです。すでに養子縁組もすんでいます。メビサの件が解決したら、次はこの子の番です」
 ブアチャンさんに聞くと、確かにそういう話はしている、という。
「私の希望としては日本へ来させたいよ。でも本人は来たくないといっている。ポンシーも内心はあまり行かせたくないようだ。だから呼べないと思う。でも、私はメビサのお父さんだけじゃなく、長男のウィラットにも何もしてやれなかった。あの子も荒れた生活をして最後はエイズで死んでしまった。私が間に合ったジャカパンだけ。だから孫たちにはできるだけのことをしたいのよ」
 ブアチャンさんが自分の血を分けた親族を呼びたいのはわかる。生活環境を考えれば当然のことだろう。しかし次々と養子縁組をして日本に移住させようとの考えは、首肯できるものではない。
 そもそもタイの劣悪な生活環境はタイ国政府が改善すべきで、その福祉の充実も、国が責任を持って行うべきであろう。現在のタイには無理な注文かもしれないが、それが不十分だから日本に求めるというのは、あまりに虫が良すぎる。
 それに劣悪な環境であっても、そこでは同じような環境でみんなが暮らしているのだ。 シリトゥンさんの一家にしてもポンシーさんの一家にしても、タイの田舎の一般的な家庭である。特別に貧しいというわけではない。
 ブアチャンさんは日本での標準的な暮しを知ってしまったから、故郷を貧しく劣悪な環境としか見られない。だが、現地ではそれはあたりまえではないのか。
「ランプ―ンではエイズでいっぱい人が死んでいるのよ。しかもみんな若くして命を落としている。どうしてそんなところにメビサを戻せというの?あの町や家を見たのならわかるでしょう」
 ブアチャンさんは怒っていた。タイに住んでいることで、私にはその気持ちがある程度わかる。


◎タイの女たち
 ブアチャンさんの激しい怒りは、タイの女性たちを代弁したものである。そしてそれは社会構造に深く根ざしている。
 タイの女はたくましい、男はだらしない、とよく言われる。タイは女性が稼ぎ手となっている社会だ。男たちも稼ぐことを期待されているが、その責任の重さは女性とは比較にならない。特に長女は下のきょうだいが独立するまで面倒をみてやることが多い。
 貧しい北部の田舎の女たちは稼ぐために南を目指す。バンコクだ。特別な技術もなく、教育も満足に受けていなければ、彼女たちの行き着く先は気待っている。「カーイ・ボリカーン」、つまり風俗。そこで高収入を得て、田舎に仕送りをする。だから田舎では、女の子は貴重な財産なのだ。女の子が生まれると、親は喜ぶ。娘のほうが手っ取り早くお金になる仕事につけるからだ。ソーシャルワーカーのアランヤさんもこう言う。
「私のいるパヤオ県が典型ですが、新築の立派な家は女たちの仕送りで建てたものばかり。若く、きれいな娘がいない家は、肩身が狭いんです。最近は騙されて売られたというのはほとんどない。親だって何をやるのか、わかて行かせているんです」
 ブアチャンさんはそういう現実の中で生きてきた北部出身の女である。メビサや他の孫たちにそうさせたくない、という切実な思いがあるのは当然なのだ。
「メビサのお母さんは、メビサを産んでからすぐ別の男とくっついて子どもを産んだ。息子との結婚の前も後もいろいろな男とつきあって、籍は入れてないのが多いけれど、何度も結婚しているようなものよ。でもそれが悪いとは言わない。運命だと思っている。
 私もブンタウィーに似ている。長男次男と三男は別の相手の子だし、娘は日本人との子でしょう。私はね、メビサにお母さんや私のような人生を歩んで欲しくないだけ。いま返したら、どうなると思う?私たちのような人生になってしまうわよ。すぐにエイズになってしまうかもしれない。母親のようにね。メビサをいま戻すことは、もう命を諦めろ、ということと同じなのよ」
 そう語るブアチャンさんの人生――彼女は、いま東京都北区で「ふるさと」というスナックをやっている。フィリピン人ホステスが四、五名という、小さな店だ。メビサちゃんの将来を心配する人は、この店の存在を挙げる。
「確かに私はお店をやっている。恥ずかしくはないけれど、この仕事は認められていないわね。お客さんによっては、息子のジャカパとかメビサを手伝わせたら、という人もいる。だけど、私は絶対そんなことはさせない。
 メビサには大学まで行かせるつもり。だからあと一〇年だけ、一〇年だけ生きて働きたい。あと一〇年でいいよ。二三歳のメビサは大学を出ている。そうしたらもういいわ、もう疲れた。でもいまはやめるわけにはいかない。メビサには未来がある。いまは、迎えに行ったときと全然違うよ。前はすごく暗かったけどすっかり変わった。さまざまなチャンスがそこにあるからね。前には何になりたい、っていろんな人に尋ねられて、まったく答えられなかった。でもいまは違う。バレーボールの選手とか、芸能人とか。人間の目は一番正直だよ。メビサの目には未来が見えているんだから」
 ブアチャンさんは自分がつかめなかった全てをメビサちゃんに託しているかのようだ った。いや、ブアチャンさんだけではない。タイの出稼ぎ女たちの報われない全ての思いがメビサちゃんに託されている――そんな風に思われてきたのだった。(了)

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