最近とあることを調べているついでに目からウロコの事を知ったので長文書いてもいいかな。
神道においては、人は神から生まれて人となり、死んでまた神に還るのだという。
仏教の輪廻転生とはまったく違う考え方。
神道では死はケガレとされ、神式葬儀は神社では行われない。
ケガレとは不浄の事ではなく「気枯れ」である。
神式葬儀でもっとも重要な儀式は、故人を神に還し守護神とする儀式である。
ってことは、靖国の合祀って!
しまった、今までどこか仏教概念で神道を見ていたかもしれん。
ちなみに塩には気力を上げる力があり、気枯れを祓う力を与えるという。
葬式で塩が配られるのはそういうことなんだねー。
穢れの概念は仏教にもあり(というか字自体は仏教由来かも)、そちらには不浄の意味がある。
穢土といって、この世と「浄土」を除くあの世をすべてを不浄の地とする概念である。
(仏教では生きていた時の行いで死後行ける世界が決まる。そこでの勤めが終わるとまた現世に帰ってくる輪廻転生の思想。生を苦行とする仏教では、一番ハッピーな「浄土」以外ぜーんぶ不浄とする宗派がある)
さらにさらに!
もともと仏教には葬儀はなく、釈迦の教えと葬儀は関係ない。
釈迦は色々人生経験した末に悟りを開いた。
「人生とは辛く苦しいもの。その人生を幸せに生きるにはどうしたらいいだろう?」
釈迦の教えとはその答えであり、お経に書かれているのは「より良く生きる術」である。
葬儀で唱えられるお経には故人に対するメッセージは何も無い。
つまり仏式葬儀は慰霊になっていない。
仏式葬儀は土着の埋葬習慣、つまり神式葬儀を参考に儒教の影響も受けながら日本独自に作られたものである。
要は、もともと日本では神式で葬式が行われていた。(埋葬文化そのものは縄文時代からある)
仏教には葬儀は無かったが、必要に迫られて形式を整えたものである。
現在日本ではほとんどが仏式葬儀で行われているが、日本における「葬儀」の概念は、もともと土着の風俗から発祥している。